なんか言いたくなったこと

アイドルマスターを中心に、余計なことを書く。

七六五家蜘蛛の会

2ヵ月くらい前に見た動画の話を簡単に。
ミステリ~な気分だったので、タイトルでピンときたもの、
もといタイトルから内容が予想できない作品を適当に見た次第。
推理、展開、キャラクター描写など様々な楽しみがあって飽きないのがミステリ~の良いところ。



【im@s人狼】シンデレラ・マスカレイド【act.1】 隠れ里P

人狼を模したサスペンス。謎解きがメインとは言いがたいのでミステリーではないかも。
多数のアイドルを担当するプロデューサーの負担を減らすべく、
担当アイドルの“リストラ”や“専属”化についてアイドル達が匿名で希望を出し
「アイドルのリストラを肯定した者」=人狼は誰なのか推理することになる。
実際の人狼ゲームのように役職を与えられるのではなく各々が自分の意志で人狼や狂人として立ち回るため、
議論を進めるうちに互いの非を責め合い、仕事の成否や個々人の性格にまで切り込んでいく姿は
強烈なエゴイズムの発露となる。
実際にモバマスで開催されたイベントを仕事として取り上げてリアリティを確立することでそのエゴイズムは際立ち、
円形の証言台にアイドルが並ぶダンガンロンパ風の絵面も告発・対立のシビアさに拍車をかける。
この選別という残酷もまた愛や情熱の魅力ですよね~。文香の複雑さが面白い。
二次創作的なアプローチの人狼動画は、キャラクターによるメタ推理あり私怨ありの愛憎劇の部分が
人狼の駆け引きや推理要素のノイズになるため賛否が分かれがちだが、
個人的にはその種の殺伐とした愛憎劇が大好きなので思いきり楽しませてもらった。
並行して別の人狼動画も見ていたが、そちらはキャラクターの馴れ合いに重きをおくあまり
推理や駆け引きの面白みに欠けていたので、物語の謎とアイドルの個性とが密接に絡むことで
興味を持続させるサスペンス要素とアイドルの生々しさという魅力が有機的に作用する素晴らしさを改めて感じた。
ラストのオチは意見が分かれるところかもしれないが、視聴者・アイドルの両方に訪れる突然の「死」には結構ゾッとした。
幸子がカワイイところも最高。



【THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS】そして誰がいなくなるのか01 居酒屋P

こちらは打って変わって、「アイドルがドラマを演じている」という設定のミステリー。
本来のアイドルらしからぬ酷薄な言動や悲惨な殺人事件といった極端な描写に見入っているうちに、
段々と事件そのものが気になってつい最後まで見てしまうこと受けあい。
上の作品から続けて見たため「アイドルの演技」という設定は淡白にも見えるが、その性格を探っていくのもまた面白い。
殺人事件に巻き込まれるだけあって登場人物みな少しずつ疑わしいねじれた人物なので
キャラクターのカロリーもなかなか。誰にも同情できないから気持ちよく殺人事件や推理を楽しめる。
でも頑張って推理しながら読んだのにわからなかったーw
ある人物の、被害者の死因を特定したようなセリフ、兵隊の人形や凶器の処理が違うところを起点に考えていたんだけど…。
クリスティは1作しか読んだことがないもののトリックを知っている作品は多く、真相には二重にうならされました。



【アイドルマスター】七六五家蜘蛛の会 第一話【黒後家蜘蛛の会】 ヘンリーP

まず最初に、ちょっと驚くくらい好みの作品だったということ。
作品の面白さもさることながら、好みの作品を見つけたという歓喜にしばらく打ち震えていた。

視聴前はニコマスではなんか有名な作品ってイメージで、
タイトルの字面の印象から横溝正史的なドロドロの怪奇ミステリーを想像していたが180度違った。
上の作品傾向から殺伐とした内容を期待していたがこちらは人の死なないミステリー。
アイザック・アシモフの推理小説「黒後家蜘蛛の会」をモチーフに、
七六五家蜘蛛の会の会員、律子・千早・あずさ・春香・亜美が
晩餐会の余興にゲストを招いて謎を提示してもらい、それぞれに推理を披露するのが基本的な流れ。
端的な語り口と可愛いアイドルのバランスが絶妙でミステリーとしても申し分ないが
(第一話に思いきり引っかかったのが、視聴を継続した一番の決め手だろう)、
しかし特筆すべきはその構成のスマートさ。
シリーズは20分前後で導入、タイトル、メインキャラクターとゲストの紹介、謎の提示、
推理合戦、真相解明、オチまでの流れをスムーズに進行していく。
それでいて推理の方向性や会話の端々にアイドルの個性を感じさせる手腕がお見事。
アイドル達が直接事件に立ち会うのではなくあくまで娯楽として和気藹々と推理に取り組むのも特徴的。
どの謎も余興に過ぎないという軽さと、他人に相談してしまうような課題であるという重さの両義性をもち、
どの話も口当たり良く胸やけもしないが味わい深い(滋味?)。
とにかく展開にも描写にも無理がない、ストレスがないというのが美しい。
タイトルの出し方や影の付いたセリフ枠など見た目にも上品で、こんなものを描いてみたいなあと思わせる作品だった。
個人的には第五話の私怨混じりなやりとりが好き。第九話が手紙を見た瞬間わかったあたり慣れの強みを感じる。
あとはコメントでの推理合戦も、視聴者の和気藹々とした雰囲気を醸し出してくれるので
居心地の良さに一役買っているのかもしれない。ずっとここで与太話を楽しみたいと思ってしまう。
別のPさんでもいいからこの世界をあと100話くらい書いてほしいw
ちょっと振れると、ゆきねえシリーズみたいな作品になるのだろうか?



お料理つながりということで、こちらを思い出したり。

水瀬伊織の食卓 第一幕『開宴!水瀬家の晩餐』 モテナシ・マリーナP

こちらはぐるm@s!作品
家でも事務所でも孤立気味の伊織が、先輩アイドル・あずさの助言をもとに
事務所のアイドルたちと食事を通して交友を深めていく…というストーリー。
以前にも視聴したことはあったのだが、今見ると(歳をとったせいか)
アイドル達の等身大のやりとりが青春って感じで胸がいっぱいになる。
そんなアイドル達、特に伊織を熱心に見守る和食の料理人に感情移入して
泣けるようになっていたのが自分でも不思議だった。
大切な人が少しでも幸せに近づくこと、自分の仕事がその一助になれたこと、万感の想いだよね…。
こちらは1話が長いので、長い話が読みたいときに嬉しい。



//
とりあえずこんな感じ?最後はミステリ~じゃなくなってるけど。
動画の面白さに比べて感想が短いので申し訳ないけど、
視聴したときのラフな気分を反映したということでひとつ。
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  1. 2017/10/05(木) 21:30:00|
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春香の 無免許&轢き逃げ 逃避行 最終話(アイドルマスター)

あっという間に3月が終わってしまいました。
春香さんお誕生日おめでとう。


春香の 無免許&轢き逃げ 逃避行 最終話(アイドルマスター) 天才カゴシマP


面白かったなあ、少し泣いちゃったw
春香がまた頑張ろうと思ってくれて良かった。


1~11話まで見た時点での備忘録はこちら


見終えて、改めて春香が主人公だったとしみじみ思う。
主人公なのは当然だが、視聴者としての私は春香と彼女の嫉妬に深く共感するとともに
その結末を心配していたので、最後まで春香から目が離せなかったという意味で春香はオンリーワンだった。
1~11話まで見た後、12~最終話を見る前に考えていたのも、美希と春香の別れのシーン、
そこにあった春香の嫉妬についてだった。

「無免許&轢き逃げ 逃避行」はタイトルからもわかる通り刺激的な展開が多い。
私はそういうリアリティのないものを受け取るのが得意でないので
(実際、極端なギャグはそこまで好みではないです)、
突飛なギャグ(?)と並行して描写されるキャラクターを読み取るのもまた難しかった。
そういう突飛なギャグとしての見せ方と、例えば春香の嫉妬に関する描写は差があったように思えて、
どこまでが真実で冗談なのか、(15話で春香が小鳥と和解するまでは)戸惑いながらの視聴だった。
別口で書いていた感想では、先の感想では触れなかったものの
「春香がどのくらいアイドルになりたいのかわからないけど。」と書いていたり。


一応、そのときの感想が以下。
春香と美希の別れのシーンで完膚なきまでに「春香が負けた」と感じてつらかった理由:
春香はアイドルになるためもがいて嫉妬もするのに、そんな望みを持たない美希にこそ
外見的魅力は備わっていて、美希本人は春香ほどそれを重要視していない、
勝者や持てるものの余裕…みたいなものにぐうの音も出ないほど叩きのめされる。
それが当然の人はそれの有無について勝負なんかしてくれない。
例えば私はそれを綾瀬さんに感じるし、だからあんまし彼女のプロデューサーにはなりたくないと感じるみたいな。
それを切望し嫉妬することすら理解してもらえなさそうな。
この人が(努力もしただろうけど、努力した人すべてが結果を得られるわけではないので)
当たり前のように手にして、捨てられるようなものを、必死で追い求めている自分の惨めさ。
その惨めさを伝えることもできない断絶。
いやまあ、春香がどのくらいアイドルになりたいのかわからないけど。
自分はできなかったんだ、負けたんだ、もう時間がないんです(違う)って気持ちに
いつまでも慣れないまま泣けてきちゃうんだろう。二度目はない。また頑張るの怖いなー。



かようにして、春香の描写がどこまで本気なのか疑いつつも私は春香の嫉妬に共感を示し、
同時に、彼女がアイドル、つまり夢を見て努力することをやめてしまい、このまま易きに流れて
幸せになることさえあきらめてしまうのではないかと心配もしていた。
物語の開始時点でも「売れないアイドル」だった春香の「無免許&轢き逃げ」以後の道中は、
彼女にとっては「夢が破れつつある」状態なわけで、それを受け入れるのはさぞつらいことだろう。
しかしつらい現実を他人のせいにして「易きに流れる」先にあるものが幸福である可能性は低い。
だから見ていて常に不安というか、突飛なことをする春香を笑って良いものか不安があった。
道中、春香はいくらも品性に欠ける、アイドルとしては相応しくない振る舞いをするが、
そのようにして春香が自分の在り方を律しないのは、
挫折によって春香が春香自身を諦めてしまったからなのか、
もちろん粗野なところも性質としてあるのだろうけどw 少し考えてしまう。
でもギャグだからコメントは笑うし(真面目にツッコむのは野暮だと思うけど)、
挫折半ばの春香もそれを笑うコメントも見ているのが落ち着かなかった。

一番それを感じたのは、春香がザリガニを食べて怪奇!ザリガニオンナ(?w)になったところ。
ザリガニオンナになった春香はその容姿に「相応しい」嫉妬を周囲に向けているシーンで、
春香の精神的な醜さを表す外見的な醜さ(美女と野獣の野獣ですね)をコメントは嘲笑するばかりで、

無免許&轢き逃げ3

…いや、絵面としても展開としても度が過ぎるほどギャグだし、
真面目にツッコんだら白けるので笑うのが正しいと思うが、
「美希ややよいには負けてるけど、伊織や雪歩なら五分五分…」と親しい人間にさえ妬みを抑えきれない
春香を笑えるほど私は「美しい」人間じゃないよなって悲しみもやはり実感としてある。



春香への心配、寂しさというものは、私の中の「女の子に対する愛情」の基本にあるものなんだと思う。
それは巡り巡って私のプロデュース感覚の話にも通じるもので、
私にとって悩めるアイドルたちは、かつての自分であり、友人であり、先輩や後輩であり、
少女漫画のヒロインのような身近な存在として認識しているところがある。
「憧れのあの子」や「成人男性のP」としてではなく、
同性・同年代としての共感をベースにした関係性と言うのだろうか。
親近感や愛着を抱いた「女の子」の拙さや悲しみに気づかないでいることは、
かつての自分、それに連なる現在の自分を見捨てるように切なく恐ろしいことだ。
自分可愛さというやつだろうかw


以前、「世界の終りのメロンパン」(覆面作家P)の感想を書いた際にも
私は「持つ者と持たざる者の対比」における「持たざる女の子」の扱いについて感情的になっている。
そういうのがツボ?なのだろう。
「持っていない」ことを見捨てられたらどうなっちゃうのか、自分でも不安なのかな。




たいていの人間は挫折や後悔の経験があって、勝者に対する敗者であって、
私も私なりにそういう経験があるからこそ、似たような状況にある女の子を見ると
不安になったり同情せずにはいられないんだろう。恥ずかしく情けない話だが。

厳密にいうと私個人としては春香の嫉妬を「醜い」とは感じていないのだが
(嫉妬するほど何物かに執着する女の子ってめちゃくちゃ情熱的で可愛いと思います)、
そういう精神性が世間一般(アイドル)として美しくない、あるいは彼女を幸せにしないことは理解できるという意味で。

人生の岐路に追い込まれた春香が、その先輩格としての小鳥さん
(特に第1章では春香がゲストキャラクター(同乗者)の容姿や若さに嫉妬する描写が多いので)
を許すことで自分のことも認められたのなら、
落ちぶれたときであっても信じてくれる人や待っていてくれる人がいるのなら、
夢の挫折からの「逃避行」の道中を「楽しかった」と言えるようになったなら、
彼女に共感していた私も救われるというものだ。
とゆーわけで、「無免許&轢き逃げ 逃避行」の春香はとても女の子らしくて可愛い子でした!


無免許&轢き逃げ2

まあ普通に可愛いからねえ。
そういえば「裏窓」での春香が「字が読めない」とか言い出したときも
いつものギャグだと思って笑ったのだが、今回の春香も中卒で…と言っていたあたり、
もし「字が読めない」ってのもギャグじゃなくて事実なら笑ってしまって申し訳なかったな。




雪歩あずさ美希伊織やよい千早律子小鳥亜美真美
同乗者××××
運転者×××××




私がこういう部分を気にしていた、というくらいの意味のないまとめ。
なんか心配ばかりしていたような感想になってしまったが、普通に面白おかしく視聴したのでw
普通に視聴していたつもりでも春香のことを考えていたのでそれを書いたつもり。
18話の始まりに雪歩の「まっすぐ」ステージが挿入され驚いたが、
その後の車を推すシーンの躍動感は負けてないというか勝っているのでは?と感じたのも新鮮だった。



見終えて一番印象が変わったのは律子。
よく分からないけどあたりの強い人、みたいな理解だったが、
再登場した彼女は現実的な視点でもって馬鹿な春香に厳しいことを言う、
それでいて春香を思う真たちを助けようともしていて、冷たいというより厳しい人なのだろうか。
「裏窓」の律子も765プロという袋小路を自覚しながらも春香たちアイドルを飼ったり切り捨てたりと、
俯瞰的な視点とそれに基づいて行動する厳しさをもちながら、同郷の響を助ける情がないわけではない人だった。
そういう人も好みなので、「無免許&轢き逃げ 逃避行」の律子も好き。
「親近感を抱く女の子」に対する「憧れのあの子」という点では、律子の方が私の憧れに近い在り方なんだろう。
それが本来の律子に近いかどうかはともかく、
一人に肩入れしないけど適当に付き合ってくれそうなところに甘えたくなるというか。


雪歩が正妻って感じも大満足でしたw
雪歩は立場としては春香に助けられた人物の一人でしかないのだろうけど、
春香の逃避行の始まりにいて、それは物語の終わりにいることで、やっぱり少し特別な女の子だ。
(というか、私にとって特別なんですけど)
春香の帰るべき場所、善性として描かれる雪歩は清らかな天使の美しさと温かさをもっていて、
ラストの春香と雪歩が再会するシーンでようやく春香が落ち着ける場所に帰ってこれたのだと心からほっとした。

無免許&轢き逃げ4
美人画かな?

雪歩といるときや雪歩を回想するときの春香は普段に比べればギャグも穏やか。
物語が始まる前から春香が雪歩を助けていたこととか、やっぱりはるゆきがナンバーワン!
逆に千早については、春香から美人と評されながら嫉妬されず、
村を救われたり男性的に(粗野に)求められながらも春香を「普通の女の子」として見るところが、
不思議なキャラクターだった。上の表でも、最後まで居場所を移動していないのは千早くらい?

無免許&轢き逃げ5
無免許&轢き逃げ6
無免許&轢き逃げ7





面白かったのでアレコレ書いたけど、野暮で申し訳ないな。
でも春香と雪歩が可愛かったので幸せでした。
タイトルや見始めたときの印象とはずいぶん違う話だったので、そこが興味深かったのかも。

追記は~11話までに考えた春香の嫉妬についてと、
12~最終話まで見ながらまとめてた一口メモみたいなの。
こういうのを残すのも自分可愛さってことでひとつ。 続きを読む
  1. 2017/04/03(月) 23:00:00|
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裏窓

雪歩お誕生日おめでとう~

映画 「裏窓」 最終話(アイドルマスター) 天才カゴシマP


サムネが雪歩だったので、せっかくだし最終話から見た。


こちらをお誕生日にしたのは、ノベマスなのに動く雪歩の魅力を絵で見せてくれたから
(タイミングもあるけどw)。

ノベマスといえど、『裏窓』は無印の立ち絵だけではなく2の立ち絵、
あるいはダンスから抜いたと思われる姿勢や表情、ときにはMMDを動かしてキャラクターを映す。
「映す」と書いた通り、常にキャラクターと背景のパースが一致していること、
画面全体が明度を下げて(多分)上品にまとめられているため
(もしかしたら素材の差が目立たないように整えられているのかな?)
一見シリアスで、特に最終話は暴力的なシーンから開始ため
小心者の私は怖い話なのかな…としばらくドキドキしていたw
が、その画作りとは対照的に、物語や演出にはアイマス的なギャグやPのセンスがひかる
非常に楽しい作品だった。見終わると怖がってたのか不思議なくらいw
ちなみに元の映画は怖くて見る勇気が出ないので、映画との比較とか、したいけどできない…w


さて、かようにこだわりを感じる『裏窓』という作品は、
雪歩が主役というだけでなく、
雪歩は可愛いと明言するだけでもなく、
ラストシーン、非常に躍動的な雪歩が印象的だった。

ラスト(正確にはエピローグかもしれない)シーンに至るまでの善悪の問答、
雪歩がひよこの(というか鶏の)雌雄を見分けたことは、
通して見ても物語的な感動がそこまであるようには感じられなかった。
強いていえばもともと映画でも衝撃的だったであろう
「765プロ側からも雪歩が見られていた」シーンと合わせた流れで云々できなくもないが
(さらに春香のセリフだということも考えると…)ひとまずおいといてw
少なくとも、作中の様々な事件に比べれば本当に些細な出来事のはずのそこが
作中屈指の動的なシーンとなっていることに驚いた。
動きの流れとしては、
①右下に向かって俯いた雪歩
②正面を見る雪歩、急に顔を上げたため髪は右に残っている
③画面右寄り、雪歩の動線に従ったモーションブラー(的な効果)
④顔の動きに従って、髪が左に大きく揺れる
となっている。
無印の立ち絵の組み合わせではなくダンスのコマ数を落とした動画、
もしくはダンスから抜き出した静止画の組み合わせたのだろうか。
他に動きのあるシーンはMMDを用いたロングショットが数か所あるのみと思われるため、
基本的には静止画で構成されていた作品内で
しかもアップで動くこのシーンが一番目に残るシーンとなるに違いない。
これがラストに“とっておかれた”、とっておきの演出だとするならば、
雪歩の躍動が物語をしめくくるに足る魅力を有していると判断されたのだと思われる。
少なくとも私にはこの雪歩、この動きがいかに魅力的かわかるし、おそらくPも信じているはずだ。
いえ、正確には雪歩個人の外見的魅力が優れているというより
単に雪歩が主人公だからラストを担っただけで
Pは動き、躍動から引きずり出される生命力をこそ魅力だと
認識しているのかもしれないが、それで充分です。
アイドルが動くことの魅力を信じている、それをノベマスでも表現する、
だからこの物語は信頼できる。そういう感動があった。

また、私はそもそも動いている肉体というものの魅力を信じているが、
人間の意志で制御できる身体と違って、
髪や衣服は制御不可だからこそ身体の躍動の余韻を残す素晴らしいアイテムである。
(だから絵を描くときはロングヘアが好き)
改めて雪歩を見るとショートヘアでも髪の動きを表現できるどころか、
むしろショートヘアで動きを表現するからこそ、視線が顔周りに集中させられるため
動きと表情の美しさをいっぺんに描写できるのだとわかった。
ロングはロングカメラでポーズとの組み合わせですかねー。


私にとって雪歩、特に踊る姿や顔、表情などの外見的魅力は自明のものであり、
少なくともアイマスで一番可愛いと言っても過言ではないが、
たぶん、おそらく世間一般にはそう思われはいないだろう。
まあ、そういうわがままも満たされて嬉しいな~ってことで。
ダンスを大事にしよう。




あとはあまり関係のない感想だが、ゆきまこ・はるゆきも良かった。
アニマス最大の影響は真の優しさに触れた結果ゆきまこ好きになったことで、
『裏窓』でのゆきまこは真が男性役として、また帰るべき善性として雪歩に至れり尽くせり、
ロマンスや“綺麗な”雪歩wが見られる機会を提供してくれた。
特に最終話では、雪歩が病室から落下する瞬間はあっという間なのに
真が受け止める瞬間は「受け止める」→「顔を見る」という2段階の動きで
スローモーション風に演出されており、「優しく抱きとめてくれた」感じがすごく格好良かった!
優しさをセリフではなく行動で伝える男らしさ、野次馬の歓声もあわせて
スーパーマン(しかも雪歩だけの!)のようなヒーロー役だった。
アニマスで真の優しさに惚れ惚れした私も大満足w
映画では男性が主人公なのになぜ雪歩が女性として配役されたのか、
真が主人公にならなかったのか不思議だったが、
こういうキャラクター付けだったからだろうか?
設定的には肉体労働者って夫にするにはいい男ではないと思ったので、
キャラクターありきなのかな、と。
ゆきまこが素敵かつ安定した関係として描かれるからこそ、それが壊れてしまうほど
雪歩がリスクを冒して戻れなくなってしまうのでは…とハラハラもした。

そういう意味では、最初から打算的なはるゆきの関係の方が安心して見られたかも。
春香は男らしいというより漢気のあるキャラクターで、
ラストでわざわざ雪歩を刺しておいて深入りしすぎない、
関わった分だけ関わり返すようなバランス感覚が旅人のようなキャラクターだった。
良い意味で、雪歩の前から去っていくのがふさわしい感じ。
ラストのひよこの雌雄のシーンも、上で些細とは書いたが
はるゆき的に考えれば二人をつなぐ唯一の謎だったので、
そこもきちんと解消して去っていくのは関係がゼロに戻った感があった。
ラストシーンは物語というより二人の別れのきっかけだから
あれほど演出的だったのだろうか。
遅れて動いた髪が元の位置に戻るタイミングが春香の疑問に答えるシーンなので、
「そんじゃ、また!」まででひとつの流れなんだとは思う。
とはいえ最後に残った縁があんなにどうでもよい事柄というのも軽やかで、
というか全体にドライな感じがあって好き(といってもED曲はとてもウェットだがw)。
そのドライな面を春香が担ってるのかな。
たとえば雪歩が今後映画になるようなドラマチックな出来事に遭遇することはないかもしれないが、
春香はむしろ、『裏窓』以前も以後も、何か映画のような出来事とすれ違い続けるような、
雪歩よりはよほど主役らしいところがあるように思った。
まあ、天才カゴシマPの他作品では春香が主役らしい、と知っているからいうのですがw



メリークリスマスでした
  1. 2015/12/24(木) 23:00:00|
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アイドル&チョコレート~惨劇館へようこそ~

文章や画像でのネタバレがあるので注意。


【卓m@s】アイドル&チョコレート~惨劇館へようこそ~序幕



面白かったー!
猫チョコ(正式名称:CAT&CHOCOLATE)は無茶振りを楽しむゲームだと思っていたので、
それをテーマとした動画もどれだけふざけた内容となっているのかと思いきや。
意外なことに動画自体はしっかりとしたホラーテイストを打ち出している。

PLは響、あずさ、伊織、小鳥の4人。
猫チョコは各PLが配られたカードを駆使してアクシデントを切り抜けるゲームだが、
アクシデントを起承転結の転と置き換えると、動画ではそこにちょっとした起承と結を加えて
あえて小編として形を整えている。
本来は転のみだからこそ道理の欠けた状況設定の不気味さ、
PLが失敗したときに描かれるアイドルの凄惨な死亡シーンや成功したにもかかわらず後味の悪い結末は
「ゲームは終わったはずなのに」物語が続く居心地の悪さと相まって
(ホラー的にいい意味で)不快感がある。
後から拝見したところホラー系動画をいくつか投稿されてるので納得。


cc1.png
なんでもないシーンだが、さびれた洋館、水辺、微妙な影の雰囲気がなんか…。
後の展開は(潰れる音に対する不快感はあるものの)怖いというほどではないのに、
この手洗い場の風景だけは異様に怖くて、夜に見るのはギブアップして翌朝再挑戦しました。
結末を知ってる今見てもなんとなく嫌な感じになるのが不思議…自分で張っておいてなんですが怖いw


PLごとにイベントが独立しているため、
さながら「本当にあった怖い話」風の視聴者投稿(体験談)の態をとったようなオムニバスホラーとなっている。
それらしく各話タイトルシーンでPL名が「主演」としてクレジットされているのも良し、
この枠組みを整えただけでも「なるほど~」と感心してしまった。

また、ゲームとは不可分にあるPLとしてのアイドルの姿は、比較的コミカルに描かれている。
アイドルごとのプレイング傾向が割り振られており、
卓ゲ動画におけるPLとPCの関係、ゲームの劇中劇的な側面を考えた上でも
猫チョコをオムニバスドラマ風にまとめるのはうまい活用法だと思った。

小鳥さん主演の話は毎回猫チョコらしいエキセントリックさで比較的後味も悪くないからトリにしたのかな?小鳥だけに
アイドルたちがゲームを楽しむ様子に親近感がわく分、
ゲーム内で無残に死んでしまう描写への嫌悪感も否応なく増す。
いい悪循環だなーw



個人的に一番怖かったのは10話目にあたる「かしこい かしこい」。
ある程度は恐怖に慣れ、物語のパターンも予想できる頃だろう。
突然すぎる悪魔の登場、あからさまにおどろおどろしい付け足し目玉には
笑ってしまったくらいだが、そうやって気が緩んでいた分オチが本当に怖かった。

cc2.png
自分で張っていてもやっぱり怖いので、あまり見たくないw

ぎょろ目とつり上がった唇がそろって顔の態を成している画としての率直な奇怪さはもちろんだが、
伊織が確認に行くまで待って、ぬか喜びさせてから馬鹿にするという上げて落とす展開、
そこにある悪意の不快感たるや…。
悪魔の目玉が付け足したものだったので、それだけをマネキンに移植するのは
制作した側からすると不思議のないことなのかもしれないが、
見ている私は予想もしていなかったので身体がビクッと動いてしまったw
まさか目だけ残すとは…ひとつ前の響の話もあって、
「やったか?」→やってなかった、の逆襲が来るとわかってたのにまんまと驚きました。


話はそれるが、個人的に毒蜘蛛や悪魔などは即物的すぎてナイフに恐怖の方が近い。
ナイフを危険と思うような目に遭ったこともないので、
むしろ幽霊に伴われる、背景としてある陰惨な事情や意思、
理不尽に他人を害する悪意にリアリティを感じるのかもしれない。


伊織の話は6話「蠱惑の蝶」のオチも好き。あえて額の中の伊織を見せない演出が奥床しい。
2作目は説明文に
 静かに這いよる悪意の触手が、狙いを定めたのは彼女達の【心の中】。
とある通り、精神攻撃(?)のためどの話にも765アイドルが関わってくるのが楽しくも恐ろしい。

cc4.png
でもホラーにエロはつきものだからね、ちかたないね。



まあ、そういった理屈は抜きにしても、怖くて面白かったです。怖がりの見たがりは思う存分楽しんだ!
何度も言うが、本来は筋のないゲームを見事なホラードラマにしているし、
その物語部分にしても単なる付け足しではなく、ゲームを活かして
恐怖(あるいはユーモア)を煽る独創的かつアイドルらしさ満点のシナリオに仕上げている。
また無印や2のゲームモデル、MMD、イラストなどを利用することで怖い絵面が丁寧に作られている。

cc3.png
ニコマス特有の笑いにつながってしまう場合もあるがw
お馴染みの、とかキャラクター化されるとむしろ面白くなるのかな~。

絵以外も、シーンに応じたSEやBGMの充実度といい
猫チョコから想起される大味感を裏切る作りこまれた作品だった。

  1. 2015/05/19(火) 22:30:00|
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世界の終りのメロンパン

デレアニ3話によせて。

世界の終りのメロンパン 覆面作家P

デレアニを見たとき、「世界の終りのメロンパン」を見終わったときの途方に暮れる気持ちを思い出した。


この作品に出てくる名もない女子高生(以下女子高生)は非常に良い子だ。
暇を持て余しているからといって遊び歩くことはないし、
凛がスカウトされれば身を挺して友達を守り諭す気概もある。
凛以外の友達が登場しないわりに人間関係において寂しい様子もなく、
おそらくは良い家庭に生まれ育ったのだろうか、
親や先生の言うことにむやみに反抗せず、退屈に甘えず、自分や友達の心身を守る善良さがある。
現実と比較すれば、この退屈に擦れない女子高生は
「密かにアイドルを目指す女子高生」以上に貴重なものにも思える。
多少大げさだが、それくらい好感のもてるキャラクターだった。

だからこそ、この女子高生のいる場所を「世界の終り」と称されることがやるせない。
「世界の終り」というのはあくまでも自らアイドルの世界へ飛び出して行った凛との対比であり、
決してこの女子高生に未来がないというようなネガティブな意味を背負わせているのではないだろう。
それでも感情的になってしまうのは、
「じゃあどうすれば、この「普通に良い子」な女子高生の世界は始まるの?」
すなわち女子高生が自発的に好きなことや意志を得ることによって人生に参加する方法について、
外から働きかける明確な手段はほぼないと考えているからだ。


「意志を得る」ことのハードルを感じさせる要因の一つに、
「女子高生がPのスカウトを遮ったこと」がある。
一度は否定された夢物語を自らの意志で紡ぎだした凛の思いの丈は確かに素晴らしい。
しかし、逆に女子高生は夢をありえないことだと断じたけれど、
この女子高生(に限らないけど)が見知らぬ男性からの誘いを断るなんてあまりにも当然のことで、
それは決して彼女の瑕疵ではないはずだ。
凛がそれに応えられたのはそもそも意志をもっていたからに過ぎない。
あくまでも「普通の善良さ」だけで生きる女子高生には白馬の王子様も歌のお姉さんも現れないし、
ドラマチックなチャンスが訪れても変質者として処理されるだけだろう。
だからこそ女子高生は何か劇的な出会いを通してではなく、
日常の中で「人生を充実させる(物語にする)意志」を見つけなければならない。
もちろんなんとなく始めたことにハマったり才能を開花させるかもしれないが、
後者は才能自体がある種の奇跡だし、前者は女子高生が仕事や家庭に入っても続けられるかの問題がある。

私が(強いていえば)好きなことがある方なので「好きなこと」にこだわりすぎているのも確かだ。
デレアニの凛は「世界の終りのメロンパン」とは異なり
Pや卯月の後押しでアイドルの世界に踏み込んでいくことになる。
アニメの凛はアイドルにならなければつまらない人生を送ったのだろうか?
キャラクター設定として歌の才能(と魅力的な容姿)だけは常にあるようだから、
才能を発揮する機会を与えられること自体は良いことだし、
それはもはや「果たすべき物語(人生)」と言っても過言ではないだろう。
「世界の終りのメロパン」の凛が自ら「アイドルになりたい」と志したのなら、
意志と才能が果たされる物語もまた感動的だ(デレアニの卯月や未央に近いのだろうか)。

しかしそれらはあくまで個人の感覚とシンデレラストーリーの場合であって、
この女子高生に今は好きなことがなくても、この先好きなことに出会えなかったとしても
すなわち不幸だということを意味しない。
好きなことに捕らわれず普通に人生を送るだけでも十分楽しいのかもしれないし
女子高生にはそれが期待できるだけの良識がある。
それでも自分の夢を叶えていく凛の溌剌とした輝きと対比されてしまえば、
常識的な生き方は卑小と言い換えることもできる。
他人と比較するなんて馬鹿な話かもしれないけど、見ていてとてもつらいものがあった。
もしかしたら、女子高生もまた凛と出会ったことで変化し「世界の終り」から脱していくのかもしれない。
でも、「普通の女の子」に、凛と出会う機会は一生訪れない。



というような、作品と関係ないことを考えている。すみません…。
あんまり関係ないし感情的なので人に見せるのもどうかと思ったが、アニメも面白かったので。
「世界の終りのメロンパン」が嫌いということではなくて、
いろいろ考えることのできる素晴らしい作品と思っています。読後感ももっと爽やかです。

「世界の終りのメロンパン」は凛のスタート地点での特別性(輝き)、
すなわち意志が描かれるため、その対比物(影)としての女子高生の存在がある。
舞台裏ですらない客席の視点から登壇する凛にスポットライトを当てていて、
たまたま女優が同級生だったみたいな(単なる偶然なので、それ自体には意味がない)。
本来は凛に注目すべき話なのに客席を気にしてしまうのは
影にするには女子高生が普通の良い子すぎて、
客というより選ばれなかった女優、凛という輝きを対比物とした「影」の物語性を帯びているように見えるのだ。
たとえどんなに善良でも、それだけでは輝きや幸福は保証されないのも現実だし、
そもそも物語はないのに物語性を感じるあたり贔屓目なんだけど、
割り切るには女の子ってみんな可愛いからね、ちかたないねw
可愛い女の子が好きなので、
ニュージェネのスタート地点をバランス良く配置したアニメも人並みに楽しんでおります。
あとは宇宙一可愛い幸子の活躍に期待?w
ぷちデレラでバラエティやロケに関するセリフが多いので、そういうので登場するかなー。
シンデレラも元は貴族だしな~っていうか。
  1. 2015/02/18(水) 08:41:00|
  2. ニコマス(テキスト系)
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