なんか言いたくなったこと

アイドルマスターを中心に、余計なことを書く。

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空洞は埋まらない

ここ数日ずっとこの感想を書いては消し書いては消し…。
うまくまとまらないので考えたこと全盛り。率直に書いた分、かなり失礼な内容です。
これを読む人がいるのかしら…

空洞は埋まらない はねもP

まずはP名が決まったようで、おめでとうございます。
この感想を書き終わったら他の動画も見ます…。
というわけで『空洞は埋まらない』だけに注目した感想になる。歯抜けだったらすみません。

最初に見た時の感想:
ドアの音にビビるも話自体は普通。アイドルに吐かせるのはやめてあげて…と思ったけどw 私は最近、自分を含めこういうねじれた人間が多いことに気づいたのだ!だからあんまり「自分を特別視」しない、要は自分の扱いを多少考え直したわけ。しかし、アイドルは大変だ。

こちらの動画に関して私は最初、普通で目立たない話だと思った。
理由は幸子の苦悩が手に取るように分かったからだと思う。
もちろん「作者の意図を正しく読み取れました」とは言えないが、
似たような悩みを抱えたことがあったので、幸子こそ「普通」に見えた。
私は幸子がマイノリティではあっても特別だとは思わないが、
幸子自身は異常だと判断しているからこそ、“事務所のみんな”なんて言葉が出るのだろうか。
幸子が理解できるからこそ、「空洞は埋まらない」ことは自分にとって特異な認識・結末ではなく、
そこからさらに苦しみに踏み込むような展開も読み取れなかったので目新しさも感じなかった。
また承の部分に比重が置かれていること、転結が予想できる結果だったのであっさりと感じられた。
「空洞は埋まらない」という解決策のない話の性質上むしろこの展開は当然のことで、
だからこそ「空洞は埋まらない」ということについては強く印象に残る人もいるだろう。
幸子の苦悩や別れへの感慨、どうしようもなく「空洞は埋まらない」ままのラストに余韻はあるものの、
馴染み深いからこそどうしても地味な話だなあと思った。

ただ、「わからない」という人がいたみたいなので私もわからない部分を探したところ、
・どうして幸子は自分の苦悩を告白したのか
・何かを期待したならば、それは何だったのか
このふたつがわからない、と思った。答えを探すうちに面白くなってきたので感想を書きたくなった。
先ほどから読み違えている部分も多々あるかとは思うが、いつものことなので気にしないでおこう。

以下長文での解釈。
さて、幸子の苦しみについて考えたい。
幸子には「自分は醜い」という前提がある、それはなぜだろうか。

幸子「いやカワイくないですけど……」
P「幸子!? だ 大丈夫!君は可愛い!」
幸子「あ ああそうでした ボクはカワイイ」
幸子「うおええええ……」

P「君は結構ステキな女の子だ」
幸子「フフッ そうですね そうかもしれません」
幸子「でもボクはそうは思いません」
幸子「喜んで見せるべきなのかもしれませんけどボクにはできません」
幸子「ただ罪悪感があるだけです」

両会話に共通する幸子の性質は、

・幸子はPの善意や評価に賛同できない
・善意や評価に感謝してみせる(演技する)ことも苦痛である

 (そのストレスの結果、前者では吐いている)
後の会話で、

幸子「プロデューサーさんは本当にボクのためと思っているのは知ってますから」
幸子「それが問題なんですけどね」

「プロデューサーさん“”」と言うように、幸子はPを特別に信頼しており、
その善意が演技ではないという確信ももっている。
しかし、信頼するPの言葉や善意であっても、上に挙げた性質は変わらず存在するから「罪悪感」を抱く。
自分の性質は「非常識」であり、それを「罪悪」だと捉えることが幸子の「醜さ」の原点なのだ。
なのでPがいくら幸子に優しくしたところで自分の性質(醜さ)を変えられない幸子は罪悪感を増すだけだ。
これは前の会話に明らかである。
冒頭のステージを終えて自己嫌悪が最高潮に達したところで、
Pに可愛いとフォローされ、それに応えようとしてさらに「醜さ」を感じて失敗している。

さて、演技することが苦痛と書いたが、それは演技をする=アイドルになってからより明確になった性質だ。
なぜ幸子がアイドルになったのか、それは幸子の口から語られるとおりだ。
他人の期待を理解し、自分の性質を「醜い」と思うからこそ、ファンやスタッフ、信頼するPの望む姿になる。
アイドルという仕事は望まれた「輿水幸子」を演技するという相互関係で成り立つ。
「醜い」性質をもちながらも「輿水幸子」を演じて評価される(愛される)ことは、
その「醜さ」までも赦されたように感じられただろうし、
また「輿水幸子」になることで性質を変えることができたと思えば、幸子は性質そのものから解放される。
演じるのが自己肯定の激しいナルシストであるということも、
自分を「醜い」と否定する幸子にとっては重要だったはずだ。
しかし、これはすべて錯覚だ。
「輿水幸子」を演じれば演じるほど、期待に応える「輿水幸子」≠幸子の性質という乖離はより明確になり、
望まれるものはやはり「醜い」自分ではないことがわかるようになる。
そして「輿水幸子」を求められていると分かっていながら、演じること=アイドルをやめたいと思う自分に、
幸子は新たな「罪悪」=「醜さ」を覚えずにはいられないはずだ。

幸子にとって「自分は醜い」という前提は、
幸子の本質は世間一般には受け入れ難い「非常識」であり「罪悪」である、という認識から生まれている。
アイドルになったからこそ本質が変えられないと理解した幸子は演技をやめ、
それを改革せずに「非常識」なままでいることを選ぶ。
つまり“普通の女の子”ではなくなるという結論だ。

さて、いくら非常識といえど幸子は若干14歳の不安定で発展途上な部分もあるだろう。
その幼さに思うところがあったからこそ、
Pも良かれと思って幸子にアイドルやキャラ付けを勧めたのかもしれない。
ここからはPについて考えてみたい。

幸子の本質に比べて、Pはあまりにも優しい「普通」の大人でしかない。
Pの優しさについては、本当に枚挙に暇がない。

幸子「いやカワイくないですけど……」
P「幸子!? だ 大丈夫!君は可愛い!」
幸子「あ ああそうでした ボクはカワイイ」
幸子「うおええええ……」
(中略)
P「最近は忙しかったからかなあ……」

幸子「ボクをアイドルから開放してはくれませんか」
P「……わかった わかったよ」
P「君を“普通の女の子”にもどそう」
P「これでもけっこう君のことが好きだったんだ」
P「誰だって好きなことの苦しむ姿を見たいなんて思わない」
P「そうだろう?」

他にもPの優しさに関しては枚挙に暇がないのだが、
それと同じくらい「Pが幸子を理解できていない」ことも色濃く浮かび上がる。
上の会話は幸子が苦悩を打ち明ける前のシーンなので仕方ないとしても、
下は幸子の苦悩を聞いて幸子がアイドルをやめることで「普通」に「もどれる」という、
二重の誤解をしているのだ。
続く言葉も、Pの愛情に応えられないと罪悪感を抱きながら期待を裏切る結果を選んだ幸子にとっては、
酷なものでしかない。
Pは幸子に本質について告白される前も後も、幸子のことが理解できないでいる。
そのため幸子の告白以後、Pと幸子の会話は噛み合わずに上滑りしていて、非常に痛々しい。
幸子の告白にあった罪悪感を肩代わりしようとしたのか、Pはまるで自分が悪かったかのように振舞う。
しかし幸子の罪悪感は、自身の本質が「非常識」≒「罪悪」という認識から生じているのだ。
「最初から身動きなんてとれていないんですから 追いつめられることもありません」というように、
「非常識」≒「罪悪」という認識が根本的な問題で、それは幸子だけの問題だ。
「Pを責めているわけじゃない」というのも幸子の本心で、
幸子にとって「正しい」のは「普通」のP、「悪い」のは「非常識」な自分だけ、
それが幸子の認識と本質である。
Pは幸子に本質について告白される前も後も、このことが理解できないでいる。
それでも、幸子にとって負担以外の何物でもない善意が「普通」のPにできる精一杯の愛情なのだ。
「普通」の善意を理解したからこそ、苦悩を告白する間には演技をやめていたはずの幸子も、
「……ありがとうございます プロデューサーさん」とPの善意に喜びを演じてみせる。
それが幸子にとって「正し」くて「普通」なのだ。
「普通」だからこそ、Pは幸子の「普通」じみた演技に気づけていないと思うが、
それでも幸子の大前提や幸子の本質を理解できないことだけはわかっただろう。
理解できないから自伝を書いて幸子を何とか理解しよう、なんて思ったのだろうか。
そういうひたむきな愛情こそがそもそも幸子を苦しめていたものなので、
どうしたって「普通」であるPは幸子を苦しめるもの以外には成り得ないのだ。
幸子のもつ「普通」であるPやその優しさへの信頼は、理解されないという形できっちり返ってきている。
最終的に「……さようなら」とP(普通)に永遠の別れを告げた幸子に対して、
いつか幸子を理解したいと望んでいるPは「ああ さようなら」と今日一日の別れをして、
二人の間の扉は音を立てて閉まる。
そういう風に、人物も話も『空洞は埋まらない』ようにできているのだ。



この話は、
自分の本質が社会から否定される非常識≒罪悪/醜さと捉えたがゆえに耐え切れなくなった幸子が、
幸子とは相容れない社会常識で生きる、普通のPにその葛藤の一部を告白し、
そして理解されないことで“普通の女の子”であることに永遠の別れを告げる物語といえる。
最後の「さようなら」はPにとってはいつもどおりの挨拶だとしても、
幸子にとっては「普通」に別れを言っているのだ。
幸子が非常識ならPは普通の象徴であり、二人はどこまでも交わらない。
これをバッドエンドととるかハッピーエンドととるかは人それぞれかな。
個人的には、幸子の気持ちが軽くなったしハッピーだと思う。

幸子は「他人の期待(愛)に応えられない(感謝できない)」部分があるが、
根本的な問題は期待や善意、愛情にも応えることが「普通」で、
それに相容れない「非常識」な自分の本質を「罪悪」と捉えたことだ。
そう捉えたのは、ごく「普通」の社会のルールが善意に対して感謝しなさいと教えられたからだろうか。
幸子は善意に感謝したくないわけではなく、ただほとんどの善意は幸子の望まないお節介なので、
感謝の対象でもなんでもないというだけだと思う。
(許容範囲が狭かったこと、多少思い込みすぎたことは幸子の問題かもしれない)
動画で、幸子が唯一自然に感謝を伝えるシーンがある。

「つかの間居場所をあたえてくれたプロデューサーさんには感謝してます」

アイドルになっても幸子の本質は変化しない、それどころかより本質を疎ましく思うようなったはずだが、
それでも「つかの間の居場所」になったことは間違いなく、幸子はPに感謝している。
(その結果として社会常識の世界にはいられないと気づいたわけだし)
善意には感謝を義務付ける、自分には合わない社会常識をどうにかしなければ、幸子は自分を肯定できない。
けれどどうにもできないから、幸子は普通≒社会常識を基準にすることをやめて、
否定されない非常識≠罪悪(醜い)として、自分を肯定すると決めた。

似たような悩みを抱え、似たような選択をした私としては、
極端にいえば善意や愛情なんて自己満足なんだから見返りは求めないでほしいとさえ思う。
そもそも一口に善意や愛情には応えようといっても、
仲の悪い人やストーカーの期待に応えることは困難だろう。
ストーカーと仲良くしろとかいう人は頭がおかしい(経験談)。つまり社会がおかしい(真顔)。


閑話休題。私は上記のとおりある疑問を抱いた。
冒頭の遣り取りで限界を迎えた幸子は、ごく普通の社会常識からもたらされる否定を取り払って
本質を受け入れるしかないという結論に至りながらも、その葛藤の一部をPに告白している。
結論が見えていたからこそアイドルという普通の演技をやめるというのに、
なぜそのことを普通のPに告白するのか?

まず思いつくのは、「自分は醜い」という前提ゆえに「罪悪」を受け入れようとする自分に抵抗したかった。
自分の本質を「罪悪」と捉える幸子は、決して人の期待に応えることが嫌なのではなく、
むしろ期待に応えられない自分が嫌いでたまらないはずだ。
嫌いな自分を受け入れるのではなく、どうにか普通の人間になりたいと思うのもまた常識的だろう。
もしくは「わかってるくせに…… 意地惡ですね」「わかってるでしょうそんなことは」と言うように、
幸子はPが自分を理解していると思っていたのか、理解されたかったのかもしれない。
(私はそもそも滅多に理解されないと思っているし、
 理解されたところで影響がないことはどうしようもなく、理解してほしいと思わないので、
 ここは完全な想像になる)
結果的にまったく理解されなかったことで幸子の選択は決定的なものになったが、
若干14歳という幸子の年齢、理解されない「醜さ」を受け入れることの難しさ、
「普通」であるPに理解してもらえたらという、期待に応えることをやめようとしながらPに期待する矛盾、
そこに幸子なりの甘えがあったのかもしれない。

もうひとつ気になるのが、本当に幸子が期待してPに告白したのなら、
そもそも幸子の期待は何だったのかということだ。
何度も書いているが、Pは幸子を“普通の女の子”に戻すと言いながら、
そのせいで幸子が“普通の女の子”でなくなることを決定づけた。
それはPが徹頭徹尾幸子を理解できない「普通」の人だからで、
ある意味では幸子がPに向ける特別な信頼には応えられたともいえる。
幸子は“普通の女の子”になりたかったのか、それとも本当にやめたかったのか。
Pに対して、幸子が期待していたことはなんだったのだろうか?



さて最後にもうひとつ、ここまではこれを言いたいがための序文ね。
こうやって幸子の流れを追うと、「輿水幸子」はナルシストキャラで周囲を振り回すアイドルから、
“普通の女の子”ではなく、非常識な自分に開き直ったことになる。
それ自体は「自分で自分を否定しない」という大変意味のある選択だと思うが、
動画では幸子の前提が取り払われただけのことであって、演技が現実のものになっただけだ。
全編通して「自意識過剰でわがままな幸子とそれに振り回されるP」という、
わりといつもどおりの二人に見えなくもないと思った。


あと、最後の幸子は妄想ではなく現実に存在する幸子だと思いたい。
自分の本質を受け入れた以上、幸子が自分の非常識をはばかることはなくなるし、
幸子を理解できないからこそ「普通」に優しいと信頼できるPは、
しかも「空洞は埋まらない」ことで幸子のことが忘れられなくなったみたいなので、
そんな都合のいい大人は絶対にゲットしとくべきだと思うの
甘えたら絶対優しくしてくれそう。結婚でなくても友人でも可。


というわけで、普段通りの幸子とPがイチャラブしてる面白い動画だと思えてきて面白かった。
動画説明で、
べつにまじめな話じゃない。
とあるから、まあそうなのかもしれない。
むしろ「他人に理解されない非常識」という意味ではこの文章も幸子と同様ですかね(白目)
ここまで読む人はいないと確信するからこそ、自分のアレコレも書いたりして、
ストーカーの件を言ったのは母親なので、母親のことはなかなか好きになれないw

無粋な文章は読まなくていいから、はねもPの動画をたくさん見よう!


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  1. 2013/03/01(金) 21:31:27|
  2. ニコマス(テキスト系)
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